
2026年2月16日、健康保険法などの改正案が明らかになり、75歳以上の医療保険料に関する大きな制度変更が示されました。金融機関に新たな報告義務を課し、株の配当などの金融所得を保険料計算に反映させるというものです。一体なぜこのような改正が必要なのでしょうか。
何が変わるのか
改正案では、証券会社などの金融機関に対し、75歳以上の人に支払った上場株式の配当などの情報を、自治体が運営する後期高齢者医療制度にオンラインで報告することを義務付けます。施行は公布から5年以内とされています。
これまで確定申告をするかどうかで保険料が変わるという不公平な状態が続いていましたが、今後は申告の有無にかかわらず、金融所得が自動的に保険料計算に反映される仕組みになります。
なぜ今この改正が必要なのか
「申告しない」という抜け穴
現在の制度では、上場株式の配当や売却益などは確定申告をしなければ、医療保険料の計算に含まれません。つまり、金融所得が多い人でも確定申告をしなければ、保険料が安く済むという状況でした。
財務省の試算によれば、年間500万円の配当収入がある75歳以上の人の場合、確定申告をしなければ医療保険料は年間約1万5000円で、窓口負担も1割です。しかし確定申告をすると医療保険料は約52万円に跳ね上がり、窓口負担も3割になります。この差は実に35倍にもなります。
高齢世代の金融所得集中
総務省の調査によると、利子や配当金のシェアは65歳以上の高齢者が63%を占めており、特に75歳以上では30%に達しています。資産を持つ高齢者が増える中、所得に見合った負担をしてもらうことが公平性の観点から求められています。
現役世代の負担軽減
75歳以上が加入する後期高齢者医療制度の給付費は、総額の4割を現役世代の保険料で支えています。所得のある人が能力に応じた負担をすることで、結果的に現役世代からの支援を抑えることができます。
どのような影響があるのか
対象となる人
今回の改正で影響を受けるのは、以下の条件に当てはまる人です:
- 75歳以上である
- 課税口座で株式投資などを行っている
- 配当や売却益などの金融所得がある
逆に、以下の人には影響がありません:
- 75歳未満の人(当面は対象外)
- 金融所得がない人
- NISA口座のみで投資をしている人
保険料はどれくらい変わるのか?具体例で見てみよう
では、実際に保険料がどのくらい変わるのか、東京都を例に具体的に計算してみます。
【前提条件】
- 東京都在住の75歳以上の方(単身世帯)
- 年金収入:200万円
- 配当所得:年100万円(特定口座・源泉徴収あり)
令和7年度の東京都の保険料率
- 均等割額:47,500円
- 所得割率:9.67%
パターン①:確定申告しない場合(現在)
配当所得は保険料計算に含まれません。
計算:
- 年金所得:200万円 - 110万円(公的年金控除)= 90万円
- 賦課のもととなる所得:90万円 - 43万円(基礎控除)= 47万円
- 所得割額:47万円 × 9.67% = 45,449円
- 年間保険料:47,500円 + 45,449円 = 92,900円
パターン②:制度改正後(配当所得が自動反映)
配当所得100万円が自動的に保険料計算に加算されます。
計算:
- 年金所得:90万円(上記と同じ)
- 配当所得:100万円
- 賦課のもととなる所得:(90万円 + 100万円)- 43万円 = 147万円
- 所得割額:147万円 × 9.67% = 142,149円
- 年間保険料:47,500円 + 142,149円 = 189,600円
差額は?
年間で約96,700円の増額になります。
さらに重要なのは、医療費の窓口負担も変わる可能性があることです。現役並み所得(課税所得145万円以上等)に該当すれば、窓口負担が1割から3割に跳ね上がります。
他の所得パターンでも見てみよう
ケース2:年金200万円 + 配当300万円
- 現在(申告なし):約9.3万円
- 改正後:約36.7万円
- 差額:約27.4万円の増額
ケース3:年金200万円 + 配当500万円
- 現在(申告なし):約9.3万円
- 改正後:約55.1万円
- 差額:約45.8万円の増額
配当所得が多いほど、保険料の増加額も大きくなる仕組みです。
保険料以外への影響も要注意
金融所得が保険料計算に組み込まれることで、以下のような変化も起こります:
- 医療費の窓口負担割合が1割から2割、または3割へ変更になる可能性
- 高額療養費の自己負担限度額の変更
- 介護保険料への影響(将来的に拡大された場合)
NISA口座の重要性
NISA(少額投資非課税制度)での運用益や配当は課税対象外のため、今回の制度変更の影響を受けません。今後は高齢者にとって、課税口座とNISA口座をどう使い分けるかが重要なポイントになります。
実現に向けた課題
システム整備の必要性
金融機関から自治体へ情報を正確に共有するためには、大規模なシステム整備が必要です。特にマイナンバーとの紐付けを正確に行い、オンラインで情報を共有する仕組みを構築しなければなりません。
個人情報保護への配慮
金融所得という個人情報を自治体が扱うことになるため、情報保護のための法整備も必要です。
自治体の事務負担
現在、各自治体では基幹業務システムの統一・標準化が進められています。新たな仕組みをどのように組み込むかは、慎重な検討が必要です。
今後の展開
政府は2025年度の通常国会に関連法案を提出し、施行は公布から5年以内を目指しています。つまり、実際に制度が動き出すのは2030年度前後になる見込みです。
また、この改正は後期高齢者医療制度から始まりますが、将来的には国民健康保険にも拡大される可能性があります。75歳未満の現役世代にも影響が及ぶ日が来るかもしれません。
まとめ
今回の改正案は、「所得のある人は能力に応じた負担を」という応能負担の原則を徹底するものです。金融所得という見えにくい所得を把握することで、制度の公平性を高め、現役世代の負担を軽減する狙いがあります。
一方で、システム整備や個人情報保護など、実現に向けた課題も多く残されています。今後の議論の行方を注視する必要があります。
75歳以上で金融所得がある方は、今後の制度変更を見据えて、NISA口座の活用など早めの対策を検討しておくとよいでしょう。

