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ハンタウイルスとは何か?クルーズ船で3人死亡、致死率40%の「アンデス株」確認 ── 世界に広がる可能性は

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ハンタウイルスとは何か?

 

南極からアフリカへ向かっていたクルーズ船で、ネズミが媒介する「ハンタウイルス」の集団感染が発生し、これまでに3人が死亡しました。さらに、感染者から検出されたのは、ハンタウイルスの中で唯一ヒトからヒトに感染することが知られている「アンデス株」であることが、2026年5月6日に確認されました。

致死率が約40%にも達するこのウイルスは、いったい何者なのか。世界的な感染拡大はあり得るのか。日本人乗客1人を含むこのクラスター事案を、ニュースの背景から最新動向まで整理します。

まず結論:日本へのリスクは「現時点では低い」

複雑な話の前に、最も気になる点から先に答えます。

  • WHO(世界保健機関)は、世界全体への一般市民のリスクを「低い」と評価しています
  • ハンタウイルスはインフルエンザや新型コロナのように空気で広く拡散するウイルスではありません
  • 「ヒト-ヒト感染」が確認されたのは、夫婦やキャビンを共有していた乗客など、極めて密接な接触のある相手だけ
  • 日本国内では1984年以降、ヒトの感染例の報告はありません
  • ただし、ワクチンも特効薬もないため、流行地域への渡航時には注意が必要です

ここから、なぜそう言えるのかを順番に見ていきます。

クルーズ船で何が起きたのか

「MV ホンディウス号」をめぐる経緯

問題となっているのは、オランダ船籍の極地クルーズ船「MV ホンディウス号」です。

  • 2026年4月1日:アルゼンチン・ウシュアイアを出港
  • 航路:南極 → サウスジョージア島 → セントヘレナ島 → カーボベルデ沖
  • 乗船者:23か国出身の乗客・乗員 計147名(うち日本人1名)

最初に異変が起きたのは4月6〜28日の間。発熱や消化器症状を訴える乗客が続出し、急速に肺炎、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、ショックへと進行しました。

5月2日にWHOへ報告が入り、5月4日時点で確定2例・疑い5例の計7例、うち3人が死亡。最初に船内で亡くなった70代のオランダ人男性に続き、その妻も南アフリカ・ヨハネスブルクへ搬送される空港で倒れて死亡。さらにドイツ人1名も命を落としました。

その後、スイス・チューリッヒ大学病院でも別の元乗船者1名の感染が確認され、累計感染者は8人(確定3、疑い5)、死亡3人という状況です(5月6日時点)。

カーボベルデは入港を拒否し、船は現在スペイン領カナリア諸島のテネリフェ島へ向け航行中。約3日半で到着する見込みです。

「アンデス株」確定が意味すること

5月6日、南アフリカ国立感染症研究所とジュネーブ大学病院がそれぞれ独立に解析した結果、ウイルスは「アンデス株」であると確定しました。

これが、このニュースが世界的注目を集めている最大の理由です。

ハンタウイルスには世界で20〜30種類ありますが、ヒトからヒトへ感染することが確認されているのはアンデス株ただ1種類だけ。アルゼンチンとチリの一部地域に存在する型で、アンデス山脈沿いに生息する小型のげっ歯類「コメネズミ」が自然宿主です。

WHOのファン・ケルクホーフ博士は、感染源について「最初の患者夫妻は乗船前にアルゼンチンで感染した可能性が高い」とした上で、「ただし、夫婦間や同じキャビンを共有した人など、ごく近い関係の間ではヒト-ヒト感染が起きた可能性がある」と説明しました。アルゼンチン当局は、亡くなった夫妻が乗船前にウシュアイアでバードウォッチングツアーに参加した際に感染したのではないかとみています。

ハンタウイルスとは何か:基礎知識

ここで、そもそもハンタウイルスとは何かをおさらいします。

ネズミが運ぶウイルス

ハンタウイルスは、ネズミ・ハタネズミなど一部のげっ歯類が自然宿主となるウイルスです。ネズミ自身はほとんど症状を出さず、ウイルスを保有し続けます。

人間への主な感染経路は次の3つ。

  1. ウイルスを持つネズミに噛まれる
  2. ネズミの糞・尿・唾液に触れる
  3. 乾燥した糞や尿が混じったホコリを吸い込む(最も多い)

身近な例で言えば、長く使っていない倉庫や別荘、キャンプ場の古い小屋、農作業小屋などを掃除する際、ネズミの痕跡があれば要注意ということになります。掃除機で吸うとかえってウイルスを含むホコリを舞い上げてしまうため、十分な換気と濡れ拭きが推奨されます。

「2つの病型」の違いを理解する

ハンタウイルスには大きく分けて2つのタイプがあり、症状も致死率も大きく異なります。

  アジア・欧州型 北米・南米型
主な疾患 腎症候性出血熱(HFRS) ハンタウイルス肺症候群(HPS)
主な症状 発熱・頭痛+尿量の異常 発熱・頭痛+呼吸困難
潜伏期間 10〜20日 1〜6週間
致死率 3〜15% 約40%(株により30〜50%)
年間感染者数 数万人 約300人
主な分布 中国・韓国・ロシア・北欧 米州大陸(北米〜南米)

今回のクルーズ船で確認されたアンデス株は南米型に属し、致死率は約40%。北米で最も一般的な「シンノンブル株」(致死率約25%)よりもさらに高い数値です。

国際医療福祉大学市川総合病院の寺嶋毅医師によれば、アジア・欧州型は感染者数こそ多いものの、腎臓に障害が出る程度で重症化率は比較的低い一方、北米・南米型は呼吸器に深刻なダメージを与え、数時間単位で容体が悪化するため、集中治療室での全身管理が不可欠だといいます。

治療法はあるのか

ここが厳しい現実です。ハンタウイルス肺症候群(HPS)に対する特効薬はありません

  • 抗ウイルス薬「リバビリン」はアジア・欧州型のHFRSにはある程度効果がありますが、HPSには効かないことがWHOから確認されています
  • WHOによれば、入院患者は酸素投与や人工呼吸器による全身管理が必要になることが多く、できることは対症療法のみ
  • ワクチンも、日本やアメリカでは承認されていません(韓国・中国で一部使用されているものはありますが、有効性に議論があります)

世界に広がる可能性は?

「コロナのときと同じように世界中に広がるのでは」と心配する声もありますが、専門家の見解は概ね一致しています。

専門家「コロナとは違う」と強調

WHOのファン・ケルクホーフ博士は明確にこう述べました。「これはインフルエンザやコロナのように広がるウイルスではない。まったく違う」。

ジョンズ・ホプキンス大学のサブラ・クライン教授も「ハンタウイルス全体のうちヒト-ヒト感染できるのはアンデス株のみで、それ自体が極めて稀」と説明しています。

「ヒト-ヒト感染」と一口に言っても程度に差があり、コロナのように見ず知らずの他人にすれ違いざまにうつるレベルから、エボラのように体液の濃厚接触で初めて伝播するレベルまで様々です。アンデス株は後者に近く、これまで確認されている事例は夫婦・親子・医療従事者など、長時間の濃厚接触に限られています。

それでも警戒が必要な理由

とはいえ、油断は禁物という指摘もあります。

カナダ・サスカチュワン大学のラスムッセン博士は「アンデス株のヒト-ヒト感染メカニズムはまだ完全には解明されていない」と警告。サスカチュワン大学のデビンク氏も「自分が船内にいたら、念のためマスクは着けるだろう」とコメントしています。

潜伏期間が最長8週間と長いため、現在無症状の乗船者の中に感染者が紛れている可能性は否定できません。スペイン・テネリフェ島到着後、症状のない非スペイン人乗客は各国に帰還する予定ですが、各国の保健当局は数週間にわたる経過観察を続ける見込みです。

日本への影響:身近にあるか?

国内では1984年以降ゼロ

日本国内では、1960年頃から70年代にかけて大阪・梅田駅周辺でドブネズミが媒介する「梅田熱」(ソウル株)の流行があり、119例の感染と2人の死亡が報告されました。1970年代〜1984年には実験用ラットを介した研究施設での感染例も。

しかし衛生環境の改善とネズミ駆除対策の徹底により、1984年以降、日本国内のヒトでの感染報告はゼロです。

国立健康危機管理研究機構(JIHS)によれば、日本の港湾地区のドブネズミの一部は今もソウルウイルスを保有していますが、感染症法に基づく届出の対象でありながら、患者発生は報告されていません。

流行地への渡航には注意

ただし、海外渡航時には注意が必要です。特に以下の地域では警戒すべきとされています。

  • アルゼンチン・チリのアンデス山脈沿岸(アンデス株)
  • 米国南西部の砂漠地帯(シンノンブル株)
  • 中国・韓国の農村部(ハンタンウイルス・ソウルウイルス)

具体的には、現地の山小屋・キャンプ場・農村地域でネズミの糞尿に触れる可能性のある場面(古い小屋の掃除、農作業など)を避けること、流行地から帰国後に発熱・呼吸困難などの症状が出た場合は速やかに医療機関を受診し、渡航歴を伝えることが重要です。

なぜこの事例は重要なのか

今回のクルーズ船クラスターは、3つの点で公衆衛生史的に注目されています。

第一に、ハンタウイルスがクルーズ船という閉鎖空間で広がった初の事例である可能性があること。第二に、感染源とみられる夫妻の感染が乗船前のバードウォッチングツアーで起きたとみられ、エコツーリズムの公衆衛生リスクが浮き彫りになったこと。第三に、アンデス株のヒト-ヒト感染がリアルタイムで国際的に観察される稀な機会となっていることです。

WHOは現時点で「重症例はあるが、容易に伝播するウイルスではなく、一般市民へのリスクは低い」との評価を維持しています。それでも、密接接触がある状況下での挙動については、今後数週間の追跡で新たな知見が得られるとみられます。

まとめ:冷静に受け止めるために

ハンタウイルスのニュースは衝撃的ですが、ポイントを整理すると次のようになります。

  • 致死率約40%という数字は事実だが、これは感染した場合の話で、感染自体が極めて稀
  • ヒト-ヒト感染が確認されたアンデス株は唯一の例外で、それも極めて密接な接触に限られる
  • コロナのように街中で広がるウイルスではない
  • 日本国内でのヒト感染は1984年以降報告ゼロ
  • ただし、ワクチンも特効薬もないため、流行地への渡航時はネズミとの接触を避ける

新興感染症のニュースに不安を感じやすい時代ですが、ウイルスごとに「広がりやすさ」と「重症度」のバランスは大きく異なります。今回のケースは「重症度は高いが広がりにくい」典型例。WHOやスペイン・南アフリカなど各国保健当局の対応を注視しつつ、過度に恐れず、しかし基礎知識は持っておく ── というスタンスが、現時点では適切と言えそうです。

カナリア諸島への入港予定は5月10日前後。乗客の経過と各国当局の追跡調査の結果が、今後の評価を左右することになります。


参考:WHO Disease Outbreak News(2026年5月4日)、AFP通信、CNN、NBCニュース、CBC、日本経済新聞、時事通信、TBS NEWS DIG、国立健康危機管理研究機構(JIHS)など