
2025年9月末、自民党が「反軍演説」の議事録全文を復活させる方向で検討していることが報じられました。 石破茂首相が「なぜ日本が戦争に至ったのか」を検証する姿勢を示しており、10月上旬にも「議会制度協議会」で野党側に提案される予定です。戦後80年という節目を迎える中、言論の自由や戦争の教訓を再確認する動きとして注目されています。
「反軍演説」とは
「反軍演説」とは、1940年(昭和15年)2月2日、帝国議会の衆議院本会議で、立憲民政党の衆議院議員・斎藤隆夫が行った演説の通称です。当時の日本は日中戦争(当時は「支那事変」)が長期化し、軍国主義が強まっていました。その中で、斎藤は約1時間半にわたり、戦争や軍部を批判する異例の演説を行いました。
演説の主な内容
- 戦争目的の不明瞭さ: 日中戦争の目標が曖昧で、「東亜新秩序建設」といったスローガンが空虚だと指摘。国民に犠牲を強いるばかりで、政府は解決策を示していないと批判。
- 軍部の腐敗と横暴: 軍部が政治に介入し、汚職や無駄遣いが横行していると非難。「国民に犠牲を要求するばかりが政府の能事ではない」と訴えました。
- 政府の責任追及: 近衛文麿内閣の政策に疑問を投げかけ、米内光政内閣に対しても警告を発しました。
この演説は、当時の国民の不満を代弁し、平和的解決を求める声として後世に高く評価されています。ただし、当時は軍部の圧力が強く、演説中も激しい野次が飛ぶなど、議会は緊張した空気に包まれていました。
歴史的経緯
- 議事録削除: 陸軍省などの強い反発により、衆議院議長が職権で演説の大部分(約1万字、全体の3分の2以上)を削除。特に軍部批判の核心部分は「聖戦の目的を冒涜する」として消されました。公式記録には残っていませんが、新聞や海外通信を通じて広まりました。
- 斎藤の除名: その後、懲罰委員会で審議され、1940年3月7日の本会議で除名処分(賛成296票、反対7票)。これにより議員資格を失い、「議会の自壊」と後世に呼ばれる象徴的事件となりました。
- 戦後の扱い: 演説全文は復元されましたが、公式議事録では削除されたまま。衆議院によれば、不適切発言の削除を元に戻した前例はありません。
最近の動き(2025年のニュース)
今回の自民党による復活検討は、こうした歴史的経緯を踏まえたものです。立憲民主党も賛同を示しており、他の野党が同調すれば実現する可能性が高いとされています。
まとめ
斎藤隆夫の「反軍演説」は、戦時下で失われた言論の自由を象徴する歴史的事件です。その議事録を復活させる動きは、民主主義の基本である言論の自由を再確認するものといえるでしょう。過去を振り返り、現代の政治や社会を考える上で大きな意味を持つニュースです。